
藪原神社 (やぶはらじんじゃ)
禰宜 奥谷 公胤 (ねぎ おくたに まさつぐ)
1974年8月生まれ
長野県出身
天武9年(680年)創建、長野県木曽郡木祖村に鎮座する藪原神社に、鎌倉幕府開幕以来凡そ800年間代々奉仕する社家に第25代目の跡継ぎとして生まれる。
1997年、国学院大学文学部神道学科卒、神職階位「明階」取得
2006年、英国国立ウェールズ大学大学院留学、神社組織の運営について研究、経営学修士号取得
大学卒業後、全国約8万社を包括する神社本庁に奉職。日々の神明奉仕と併せて、海外広報・リサーチ業務、駐日大使などの外交官向け日本文化や神道を学ぶセミナーの企画運営、神職研修の企画運営等に携わる。その間、スペイン・バルセロナ市にて行われた国際会議において神事を奉仕。
非営利組織の観点からポストモダン社会下における神社組織の運営について研究する目的で英国へ留学。帰国の後、事業会社(リスク・マネジメント)を経て明治神宮へ奉職。権禰宜・主事として神明奉仕しつつ、明治神宮国際神道文化研究所研究員として神道研究に携わり、また各国要人、外国人参拝者、インターナショナルスクールの小中学生や大学留学生などに神道・明治神宮についての様々な講義、神宮案内を務める。2008年、国際交流基金主催、パリ日本文化館にて行われた日仏修好記念行事「BUDO-BUSHIDO-SAMURAI 2008」にて会場の清祓式、行事成功祈願祭に斎主として奉仕。ほかフランスやドイツなどヨーロッパ各国の武道場にて、道場の清祓式、外国人武道家の武道向上の祈願祭、英国人個人宅の神棚清祓式など、海外における様ざまな神事を執り行う。
2009年渡仏、現在藪原神社禰宜。
藪原神社について
藪原神社は、天武天皇(在位:673-686年)がそのご在位の間、勅命により帝紀と上古の諸事を記録・確定させ、我が国伝存最古の正史である日本書紀の編纂を始める前の天武9年(680年、飛鳥時代)に、日本書紀の編纂の詔を受けた皇族の一人でもある三野王(みののおおきみ)が天武天皇の勅使として信濃国巡視を行った際、熊野本宮大社(和歌山県)より御分霊を勧請して創建されたのが始まりです。
後鳥羽天皇のご在位、源頼朝が征夷大将軍になり鎌倉幕府を開いた建久3年(1192年、鎌倉時代)に十王という地へ遷座され、後柏原天皇のご在位、永正8年(1511年、室町時代)に現在の地へ遷座されました。また御創建以来、「熊野社」、「熊野大権現」、「熊野大神宮」と社名が変わり、明治4年(1871年)に現在の社名に改称されました。
はじめまして、藪原神社禰宜奥谷公胤と申します。
益々多くの日本人の方々が本国を離れた国際社会で活躍される時代となりました。地理的環境、言葉、食生活、生活習慣、伝統などの文化的背景が全く異なる遠く離れた国々で、日本人としての心を大切にしつつ人生を送ることは、時として容易なことではないと思います。
大学卒業後、神職として神明奉仕の道を歩み始めて以来、海外駐在の方やそのご家族、様々な日系企業の方などから、当地で七五三祭などの人生儀礼や家内安全、事業成功の祈願祭などの神事を執り行いたいなど、非常に多くのお問い合わせに接して参りましたが、これまで国外に駐在する神職がいないなどの事情により、お断りせざるを得ない状況が続いておりました。
昨今では唯一米国に神職が常駐しておりますが、ここ欧州においてはそのような神職が駐在していないことなどから、拠点を単身フランスに移し、御祈願祭をはじめとする、様々な神事の御奉仕を中心に、日本文化の根幹である神道について広く紹介するなどの活動をしていくことに致しました。
神道に関する疑問・ご要望、ご家庭における祭祀や人生儀礼、事業の安全・発展の祈願など、本国を離れご活躍される皆様のお役に、少しでも立つことができればと願っております。
藪原神社 禰宜 奥 谷 公 胤
